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社会科学における人間

紹介文

 ちょうど10年ほど前、“大学での勉強なんて現実の社会では役立たないだろう”と考えていた私は、“いかに役に立たないか”を立証する(!?)ために、そして“やっぱり役立たない”と言ってやろうと、学部学科関係なく授業を片っ端から履修していた。大学の先生は「理論」だとかいって「社会」を説明しているようであるが、多様な「人間」から構成されるぐちゃぐちゃした現実社会を理屈で説明するなんて出来っこないし、学んでみても役に立つはずはない、と。
 そんな私が、諸学問が「人間」をどう取り扱っているかを考えてみるために、何気なく手に取ったのが本書であった。いま振り返っても本書を読むに至った経緯は思い出せないでいるが、入り口が「ロビンソン・クルーソー」の寓話だったから読みやすいと思ったのであろう――極めて短絡的であるが、その程度で良いのである。
 本書では、冒頭のロビンソンのエピソードが、「人間類型」というキーワードを通じて、カール・マルクスやマックス・ウェーバーの諸説の解説へと展開されていく。これら諸説の細かな内容については触れられないが、何よりも本書の魅力は、こうした大学者たちの難しい話について、何だかものすごく勉強した気分にさせてくれることである――というと陳腐であるが、彼らが何を考えたのか、その論理展開を見事に描き出している。そして読者は、この論理展開を辿ることで、学問が何と格闘しようとしているのか、そして格闘の際に繰り出される“技”の数々――著者はとりわけ「歴史」、「類型(化)」そして「比較」という“技”の重要性について強調する――を目の当たりにするであろう。特にウェーバーの議論を紹介している箇所では、彼が“問い”に対して極めて愚直かつ誠実に立ち向かったことを伝えてくれる。
 この意外なまでの素朴さをもつ“問い”への向き合い方とそれとの格闘の“技”の数々。私はこれらを目の当たりにして、大学での授業がこうした知的格闘の結果を知らせることで埋め尽くされており――あるいは聞く側はそれを学習することに精一杯で――、そこに至る過程や論者の苦悩、そしてそれに向き合うための“技”を教えられていない気がした。そして、“社会で役立つ”かどうかを評価軸にしていた自らの問題設定が適切でないことも知る。それは「社会」で上手に“生き抜く”ことしか考えられていないのだから。本書は「社会」を動かす担い手が紛れもなく「人間」であることをも教えてくれるが、そんな人間には――“生き抜く”のではなく――「社会」に“働きかける”ための“技”が与えられなければならない。“技”が増えれば敵(社会)の見え方も変わってこよう。本書は、私を学問の入り口に立たせてくれた、思い出の文献である。

紹介者
林 健太郎 先生
所属学部
社会福祉学部
書名 社会科学における人間
著者名
大塚 久雄
分野
社会思想
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所在
閉架
請求番号
309/O